スカイ・クロラ

カテゴリ:映画

近所の映画館が改装閉鎖中なので、60キロ離れた映画館に行って見てきた。

冒頭、いきなり人死にのシーンから。「これからヒドイ話が始まりますよ」って警告なんだろうな。最初から慣れさておくとか。

空戦シーンがすばらしい。レシプロエンジンの音、風、空気、そして戦闘機の位置関係が感じ取れるカメラワーク。オイルと排気煙のにおいがしてきそうなほど、ハードな描写の連続。

さて、このお話は、大人にならない子供たちの、救いのない繰り返しの物語なんだけど、彼らは、医学的に大人になれないばかりか、彼ら自身も大人になろうとしない。また、周りの大人からも、大人にさせてもらえない。子供としても扱ってもらえない。

彼らが大人になる方法、それは、「ティーチャー」を落とすことじゃない。むしろ「ティーチャー」と闘わないこと。負ければ後がない戦いで、勝てない相手に戦いを挑むのは、子供の証。己の弱点を知り、勝てない相手との戦いを避け、勝てる戦で確実に勝つ。そういう戦いを積み重ねていれば、おのずと、生きる方法を獲得した大人になる。出来ないことを出来ないと言い、分からないことを分からないと言う。そして出来ることを確実に、きっちりと、ただただ地道に積み重ねる。ゆっくりと、出来ることを増やしていく。「若い」とは、「ゆっくり歩める」ということ。

しかし、「スカイ・クロラ」の世界の大人は、誰もそれを教えてはくれない。子供のパイロットに、子供の基地指令、大人の司令本部、そして大人のスポンサー。子供たちが機械と弾薬を消費しつづけられるように、また、彼ら自身を消費するための環境を整えるのが役目の、大人たち。子供を、子供だと知りながら、しかし大人として扱う。そのため、彼らの心は成長しない。大人の記号だけが身についている。

しかしそれも、彼ら大人にとっての生き方。自分たちが生きるために、選択的に子供たちを戦場に送り込む。子供と大人の、生存競争。

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